RX-7の思い出 - Car Life
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Dachi

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私が現在のクルマの2台前に乗っていたのがマツダのRX-7(FD3S)。
このクルマを買ったのは1999年の春でしたので、2008年10月に135iにバトンタッチをするまで足掛け10年のカーライフを共にしました。

このRX-7の前に乗っていたのもRX-7(FC3S型)。買い替えの際には、ロータリーエンジンのメンテの煩雑さ(オイル交換3,000-4,000km毎、プラグ交換7,000km毎)、燃費の悪さ(高速道路走行でも最高で9km/l台)から、レシプロエンジン車への乗り換えを念頭にクルマ選びを行いました。

当時試乗したのは出たばかりのアルテッツァ、S15型シルビア、そしてインプレッサWRX Sti Ver. V。アルテッツァは、事前の触れ込みとは裏腹にファミリーカーの延長線上の乗り味といった感じで、期待値に届かず。シルビアは随所にコストダウンが感じられ候補落ち。インプレッサは動力性能は申し分なかったものの、やる気満々の外装デザイン(特にデカ羽)と内装の質感(内装をあまり気にしない私の目で見てもちょっと・・・という感じでした)が私の好みではないため、ハンコを押すには至りませんでした。他には、ちょっと予算オーバーでしたが、R33GT-RとかE36M3の中古を物色するも、背伸びをして買う決断には至らず、悶々としながら月日が過ぎるばかり。

そんな中で、マツダのアンフィニ南東京砧店(当時)を軽整備で訪れた際に、マイナーチェンジを受け280psになったばかりの新型FD3Sの試乗車があるという話を聞き、折角の機会とばかりに試乗してみることに。地を這う走行感、FC3Sよりもピックアップが良くなった13Bエンジン、相変わらずのノーズの軽さとダイレクトに反応する操作特性。ロータリーはもういいや、という思いは試乗を終えて店舗に戻った際にはどこかに吹き飛んでいました(笑) そして、その日のうちに契約。その2か月後に納車となったのでした。

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2001年8月@牡鹿コバルトライン

このクルマは、2003年12月に一度大きな自損事故を経験しました。
シチュエーションは小雨の中。ゴルフコンペに向かう行程で想定外の渋滞。当時私は、人生初の転職を月末に控え、常に考え事をしている状態で集中力散漫になっていました。渋滞の遅れを取り戻すべく、T字路の信号の変わり目に慌てて右折したところ、摩耗が進んでいたリアタイヤが突如ブレイク(横滑り)。前に詰まっていた先行車への衝突を回避するべくステアリングを切った先にあったのはコンクリートウォール。

ヒットの瞬間、エアバッグこそ開かなかったものの、フロントバンパーが潰れ、左フロントタイヤがパンク&ホイールが変形し、自走不能になりました。JAFを呼んで近所のディーラーまで一時的に搬送(私がJAFに加入したのはこの時がきっかけです)。そして、お世話になっていたディーラーに連絡をとり、車両保険を使っての修理を依頼し、待つこと2か月。クルマは、フロント部分のパーツの大宗が新品になって戻ってきました。私がクルマを壊すような事故をしたのは生涯でこの時きりですが、それ以来、タイヤの状態と運転中の集中力維持には常に気を遣うようになりましたね。そして、傷物にした以上、このクルマのことは責任をとって長くしっかり面倒を見よう(笑)と心に決めたのでした。

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※修理直後の写真

このクルマに乗っていた当時、私は写真にはさして興味がなかったため、ドライブについての写真記録は殆ど残っていません。当時の私は、クルマで繰り出すとしても箱根、富士五湖方面あたりまでが殆どで、帰省以外の遠出の機会は少なかったのですが、数少ない遠出ドライブの中で特に以下のものが強く記憶に焼き付いています(いずれも、このクルマ本来の使い方ではないところがなんとも・・・)。

① 乗鞍スカイライン車中泊の旅
まだ乗鞍スカイラインが一般車走行可能だった頃の旅です。夕刻に東京を発ち、乗鞍スカイラインを登って車中泊。そして朝日を拝んで帰ってきたという旅。若かったからこそできた思い出深い経験です。

② 白馬八方尾根日帰りスキー
3月半ばになると、天候状況によってはRX-7でも日帰りスキーに繰り出せる機会があるもの(ピュアスポーツカーのRX-7であってもリアシートバックを倒してトランクスルーにすれば余裕でスキーセットを積めます)。その時は、諏訪南ICを下りてすぐの富士見パノラマに行く予定が、あまりに天候が良いので勢いで八方尾根まで行ってしまったという話。さすがに復路は疲れました。

③ 月山夏スキー
6月上旬に、当時足繁く通っていたスキースクールのサマースキーキャンプに参加。長袖Tシャツで新緑を見ながら月山の巨大な自然雪の一枚バーンを滑るという素晴らしい経験をすることができました。RX-7にスキーを積んできた姿を見たスキー仲間からは仰天されましたが(笑)

RX-7は、高負荷時の水温・油温管理に弱点を抱えていたものの、その点を除けば、走りを楽しむうえでは特段の不満がないクルマでした。しかしながら、長く乗っているとだんだんとクルマにも痛みが出てきました。外装はもとより(当時は屋外保管)、ブーストコントロールを司るソレノイドバルブが故障したり、エアコンガスが漏れたり等、様々な故障個所が出てくるとやはり気になるもの。また、2007年から2008年にかけては、金融危機下でガソリン価格が爆騰する中で燃費の悪さが気になり出すようになりました。

そんな中、20代の頃に憧れたM3への夢を捨てられず、折に触れてE46M3の中古情報を物色することしばしば。折しも、2008年初頭に、よりコンパクトでリーズナブル、そしてターボ化によりパワー面でも満足できそうな135iが発表されました。当時のキャッチフレーズは「E36M3と同等のサイズ・パワー」(どんなにパワーが等しくてもその他の部分でMと非Mでは決定的な違いがある点を知るのは実際にM3を手に入れた5年後になりましたが)。「初BMWが中古となるとハードルが高いが、これなら自分でも無理なく購入・維持できそうだ」と思い、6月末に遂にRX-7を降りる決断を下すこととなりました。納車予定時期は10月下旬。それまでの限られた時間の間にRX-7との最後の濃密な時間を過ごそうと思い、各所をドライブで巡りました。箱根、富士五湖、秩父等々。そして10月も半ば。最後のドライブの目的地に選んだのは、学生時代に訪れその魅力に感動するも、それ以来未踏のエリアとなっていた蓼科・霧ヶ峰方面。過去の記憶との接点を求めつつ、新しい出会いに向けた区切りとするべく、最後のドライブに繰り出したのでした。

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もう15年以上前の学生時代の記憶など、残っているはずがありません。学生時代に訪れた時は友人のクルマの助手席。自分がステアリングを握り走るのは実はこの時が初めて。通る道全てが新鮮でした。

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白樺湖のことは、はっきり覚えていました。昔と違って観光街がすっかり寂れていたのが印象的でしたが。

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霧ヶ峰を超えてビーナスラインの快走区間を駆け抜け、美ヶ原に至りました。やはり素晴らしい道!

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陽が傾き、行程も後半に。再び白樺湖まで戻ってきました。そして蓼科湖畔での小休止を経て帰路へ。このエリアにまたいつか戻ってこようとの思いを抱きつつ・・・(今やこのエリアが自分の日帰りドライブルートの一つになっているのはこのブログをご覧になっている方々ご承知のとおりです^^)。

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最後の休憩を双葉SAで取り、都内の自宅まで帰宅。この日の走行距離521km。そして納車以来の総走行距離83,532km。後はBMWディーラーへ向かう行程を残すだけとなったRX-7。まさに「完走お疲れ様でした」という気持ちでした。

当時から10年以上が経ち、各種テクノロジーが大幅に進化すると同時に、安全規制・燃費規制は強化の一途の時代となりました。「簡単かつ効率的に速い」クルマは世の中に溢れんばかりに増えましたが、こういうピュアで尖ったクルマはもう出てこないのでしょうね。こういうクルマを300~400万円程度で買えたあの時代は幸せだったのだと思います。今でも(あまり魔改造されていないオリジナルの美しさを残した)FD3S RX-7を街で見かけると目で追ってしまいます。

このクルマが着けていたナンバープレートの番号は、その後の135iを経て今のM3にも受け継がれています。ある意味、自分がここまでクルマ好きになったことの原点にあるクルマ。取り巻く情勢は一層厳しいものになっていくことが予想されますが、少しでも長く令和の時代を駆け抜け続けて欲しいと切に願います。
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Comments 2

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amataro  

dachiさん こんにちは

FDが出た時の事は今でも覚えています。 コンセプトカーがそのまま出てきたようなスタイルは、これがそのまま売られているんだと衝撃を受けました。

低く構えたスタイルと、流線形を組み合わせたリアビューは未だに色褪せない秀逸なデザインだと思います。

でも、これ雪道走ってきたらビックリしますよ(笑)

マツダは違ったアングルから車業界に一石を投じ続けていますね。 願わくばビュアスポーツの続編を、是非今の勢いのまま出してもらえたらと思っています。

2020/05/19 (Tue) 08:20 | EDIT | REPLY |   
Dachi  
To amataroさん

amataroさん こんにちは

FDが出たのは学生時代でしたが、その時はクルマにそれほど興味があったわけでもなく、「これは自分とは全く縁がないクルマ」との認識でした。それが、社会人ウン年目になってこのクルマに乗ることになろうとは、人生とは実に予測不可能なものです。

軽さ(1.25t)がもたらすキビキビ感は昨今のクルマにはないもので、時折あの感覚がふと懐かしくなります。
トランクスルーにすれば思いのほか長尺物が乗るので、ゴルフや(積雪が路面から消えた時期の)スキーにも動員しておりましたが、そのたびに周囲からは「とびきり美人だけど、大喰らい(燃費悪)で、金がかかって(メンテコスト大)、生活力がない(実用性がない)ナナコちゃんを連れて来たな」と揶揄されてました(笑)

昨今のマツダの戦略については、Pros/Cons双方の側面があると個人的には思っていますが、このような、業界最大手とは異なるPathを歩み独自の立ち位置を目指すメーカーがあるということは、日本の自動車業界、ひいては自動車ファンにとって幸せなことだと思います。ブレイクスルーは多様性の中からしか生まれないというのが私の持論。ロータリーエンジン復活は非常に困難かとは思いますが、それでもなお、サルテサーキットでの787Bの偉業に歓喜し、SUPER GTでのRE雨宮RX-7の活躍に手に汗を握った者として、RX-8以降途切れてしまっているスポーツの系譜の続きを見せてもらいたいと思っています。

2020/05/20 (Wed) 02:04 | EDIT | REPLY |   

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