昭和が産んだ鉄道遺産②~和製アプト式鉄道 - Photography
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Dachi

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アプト式とは、通常の2本のレールとは別に歯車上のレールを設け、それに車体側の歯車をかみ合わせて急勾配を昇降するレールシステムである「ラックレール」システムの一種です。先日のスイス旅行記の中で紹介したゴルナーグラート鉄道やユングフラウ鉄道等、山岳地帯を走る鉄道にはほぼ全てこのシステムが用いられています(参考写真)。

実は我が国にもこのアプト式鉄道がありまして、一つは大井川鉄道、そしてもう一つは、久しく前に廃止されたものの、かつての信越本線(横川~軽井沢間)がこれに該当します。


DSC_1842②
D800+AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8G ED


信越本線では、明治から昭和の比較的早い時期(~1963年)までアプト式鉄道システムが運用されていましたが、ダイヤ増設に限界が生じたことから、1963年以降1997年の新幹線開業に伴う横川~軽井沢間の在来線廃止に至る期間まで、通常の粘着式鉄道システム(レールと車輪との摩擦でトラクションを確保する通常の鉄道方式)での運行に変更になっています。この、世界有数の勾配区間における粘着式鉄道運行にまつわる苦労は次の機会に触れるとして、今回紹介するのは、アプト式時代に活躍していた機関車であるED42です。


DSC_1854.jpg
D800+AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8G ED



アプト式の証左


DSC_1852.jpg
D800+AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8G ED


この日本的とはいえないデザインから推測されるとおり、これはスイスから輸入された機関車であるED41型からインスパイアされて製造された機関車(悪く言えばパクリ)です。国鉄の前身にあたる鉄道省による製造になります。

ED42は、当時の技術からはやむを得ない面もあったものの、ラックレール区間での最高速度が18km/hという自転車並みだったこともあり、戦後の人員・物資輸送力強化のニーズに耐えられず、1963年の粘着式鉄道化をもって「峠のシェルパ」の役割をEF63に譲り渡し完全引退をしたのでした。

この碓氷峠鉄道文化むらを訪れたのが、スイス旅行から帰って1ヶ月後くらいのことだったので、意外なところでスイスと日本とのつながりがあったことにちょっとだけ感銘を受けた次第です。
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