昭和が産んだ鉄道遺産③~峠のシェルパ - Photography
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Dachi

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今回は、碓氷峠で活躍していた極めて特殊な機関車のお話しです。

先日の記事で書いたように、信越本線の横川~軽井沢間は、1963年をもって、それまでのアプト式ラックレール運行を廃し、通常の粘着式鉄道運行に切り替えた訳ですが、約66パーミル(=1000m進む毎に66m登る換算)という、非常に急な勾配路線において重要な役割を果たしたのが、今回紹介するEF63式電気機関車です。


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D800+AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8G ED



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D800+AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8G ED



この機関車は、当該区間専用機関車として設計・開発された特化型機関車で、例えば軸重(車輪あたりの重量)が軽井沢側と横川側で意図的に変えてあったり(急勾配時に理想的な車軸バランスになるような設計)、軽井沢側の連結器のみ電車との連結を想定して双頭連結器になっていたり、発電ブレーキ(最近の車で言う回生ブレーキのようなものです)やら電磁吸着ブレーキ(電磁石で線路にくっつくブレーキ)といった特殊ブレーキを備えていたり、極めつけはモーターを意図的にショートさせ破壊することで停止させる緊急用ブレーキが付いていたりで、まさに特殊装備のオンパレードだったわけです。その任務の特殊性から、鉄道ファンにはタイトルにもある通り「峠のシェルパ」の愛称で呼ばれました。

このEF63型は、電車・客車列車・貨物列車の別を問わず碓氷峠を通る全ての列車の横川側に連結されました。基本的に2台一組での運用(重連)が行われ、登りにおいては編成を下から押し上げ、下りにおいては発電ブレーキの音を響かせながら降りてくる様子は、それは壮観だったそうです(私は残念ながらこの機関車の現役時代を知りません)。特に、客車列車の際には、EF63×2台にEF62(下の写真)も加わり機関車3台で碓氷峠を昇降したとのこと。長野新幹線は碓氷峠のかなり北側にルートを取り急勾配を避けたため、この区間を何事もなくほんの数分で通り抜けてしまいますが、新幹線開業前には、群馬から鉄道で軽井沢に入るためにこんな大変なことをしていたわけです。


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D800+AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8G ED


このEF63(及びEF62)は、1997年の長野新幹線の開業とともにその役割を終え、全車が廃車となりました。JRの立場からすれば、たった数キロの区間のためだけにこのような特殊機関車を用意し特殊運行することは非常に高コストだったと思われ、新幹線開業とともに在来線の碓氷峠区間を廃止したのは経営効率の向上という見地からは正しい選択だったと思われますが、速くて便利なことだけが正解ではないと思う一利用者の立場からは、心情的には一片の寂しさもあります。個人的には、整備新幹線PJは、ストロー効果を促進し地域経済・文化の疲弊を促進するだけだと思うんですけどね。
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